肉眼でみえる景色の向こう側へ〜今週のメディスン11/20〜


こんにちは!
前置きなしで早速行こうと思うんですが、先ほどメディスンを出そうとカードを引いて開いた途端、
つまり今週のメディスンがあらわれた途端、
さっきまで曇っていたのにいきなり太陽の光が部屋に差し込んできまして、
「おお!」となりましたね。

自分はむかしからよくそういうことがあるんですが、今回はまさにそんなメディスンです😊

 

◆今週のメディスン11/20〜
テーマ:閉ざされたドアの向こう側をみる
オクターブ上の風景、肉眼の向こう側の目で


ぶっちゃけ、いやん、って感じなんですけども、
これはわたし自身の「Life Purpose」に入っているパーソナルなメディスンでもあり、正直、セッションでもあまり出ないです。なぜなら「みえないものをみるちから」、つまりこころの目であるとかサードアイであるとか、いわゆる“肉眼以外” の景色のお話だからです。

特に「全体のメディスン」として出たのははじめてだと思いますね、
ということはもう、ほんとの意味で「新しい視点」「新しい在り方へのシフト」なんだろうなあと思います、今年ももう終わりですしね、完全に未来に入ってるしますます入るよ2024! という感じ。


って書いていたら、急に楽しくなってきてしまった自分なんですが、
そう、楽しい方向へ行くんですよ、自らそっちをみるんですよ、ほんとに行きたい方向をみなければそっちに行けないじゃないですかまず物理的に! というあたりまえすぎる話。


で、ここでいう肉眼というのは、ある意味メタファーともいえると思うんですが、物理的なものって結局のところ過去なんですよね、
出現してしまってるってことは、すでに物理世界にあらわれてしまっている「すでにある」が「もうあったです」になってるわけでしょ、そしたらその時点で視点はもうネクストなんですよね(と書いていたら、太陽がさらに顔を出し外がどんどん明るくなってきました😆)。

つまり「過去」はもういいんだよと、起こってしまったことにいくら“目を凝らした” とて、なんも起こらないんだよと、むしろいつも「そこ」に戻って行き直すという繰り返しなんだよと、新しいことは常に 「そこ」からでははじまらないんだよと、
まあそういうことなんですよと。


過去のできごとであるとか、そこからはじまった感情や信念、思い込み、
つまり自分を新しい未来に行かせてくれない考え。
それを見続ける以上、同じ動きを繰り返し続ける限り、どん詰まりじゃあないですか。


このメディスンは、その向こう側をみます。
過去、というすでに過ぎ去った時間軸の向こう、
前回ちょっと書きましたが日々自分に語り続ける過去からの言葉、その向こう、
いつからだったのか、なぜなのかさえ確かめることなく繰り返す考え、反応のパターン、
自分を新しい世界へと行かせてくれないあらゆる動き、考え、行動、その発端となる何かを含めたすべてのこと、自分、そして世界の“見方、捉え方、関わり方” 、

それらすべての “向こう側” をみる。


それは自分という大事な机の上で燦然と輝いていない、散らかった、積まれた、重なり合った、ほんとはただただ邪魔だなあ、これらがなければなあ、と思うあれこれを脇によける、
あるいは思い切って捨てて、そこにひろがる「机そのもの」にふれる、みたいな感覚。
さらにその机そのものの組成、塩基配列素粒子、最小単位の肉体、そのさらに向こう側に微笑み、微笑まれるみたいな感覚。


そう、肉眼でみえる、とらえられる、三次元的、二元性により判断されたあれこれをみていても、それらはほんとっぽく鎮座していますがニセです(いま完全に太陽出たYO!)。

ニセ、偽りを偽りとしてみるということ。

少々乱暴に思えるかもしれませんが、
自分の気持ちを掛け値なし、雑味なしで楽しくさせない考えや関係性は、すべてニセだと思ってみてみてください。
楽しいふり、幸せなふりは言うまでもなく見抜いて。

ちなみに、
ここで “正しさ” はなんの意味ももちません。
それは主観による “判断、ジャッジ” に過ぎない、まだ肉眼でみた世界の話だから。


というわけで、また!

実は先日からちょっとお知らせしている「自分の声を聞くワークショップ」、
今回のメディスンが出たので、
近日中に内容まとめてお知らせしたいと思います。

ではでは、“すべての向こう側” に、
微笑み微笑まれる週末を☆